2016年11月25日金曜日

もんきーのラーメンLOVEナイト 第29夜 ラーメンの顔

もんきーだ!
今夜は、もんきーが書いたラーメンに対する文章を少し読ませてもらう。

そのラーメンの顔〈かんばせ〉は、素朴かつ穏やかであった。そして、どこか、魅せられるところがあった。この作品を作る頑固オヤジは、寡黙であるが優しさの片鱗をどこと無く表情に浮かべることがある。客が、ラーメンをすする時の表情をオヤジは作業の合間に盗み見ている。客が楽しそうな顔をした時には気難しい表情が常であるオヤジの口元も、自然と緩む。

ラーメンのシンプルなフェイスの奥は、それはそれは深い味わいで満たされていた。麺は細すぎず、太すぎることの無いちょうど良いデザインで構成されていた。歯ごたえも、私にとって最高となるアルデンテよりもやや硬みを帯びた上品というよりも、とんがった硬さであった。鶏肉をベースとしたスープには、オヤジの日々の闘争が隠されていた。ラーメンのスープは長時間の煮込みによってできている。客は只単に、一瞬の味わいしか感じないかもしれないが、オヤジのラーメンに対して費やした情熱と時間と言ったら筆舌に尽くすこともできないものであろう。


料理人も職人である。職人は「己の腕こそ天下也」との気概を持ってこそできる職業である。故に他を褒めることを良しとしない人間も少なくない。その中でも、味わい深いものを創り出す料理人は研究を怠ることが無いように思う。他の店にも客として出向き、その店が繁盛している因を盗んでくる。「我以外皆わが師」という吉川栄治が座右の銘とした言葉を地で行くことができる人だと思う。


常に常に高みを目指す。「変わらないために、変わることができる」も然り、「変わるために、変えないことができる」。つまり、味を変えないための努力と研究、自らを変えないための信念・理念・哲学がある。

オヤジが本当に望む言葉は、「美味しかった」と言う言葉以上に「楽しかったよ」という言葉なのかもしれない。


じゃあ。もんきーでした。

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